MENU

ワールドカップの配信が落ちない理由【数千万人の同時接続をクラウドで支える技術】

ワールドカップの配信が落ちない理由【数千万人の同時接続をクラウドで支える技術】を説明する画像

今まさにワールドカップが盛り上がっています。スマホやPCで試合をリアルタイムで観ているという方も多いと思いますが、ふと考えてみてください。日本代表の試合で、日本中の何百万人もの人が同時に「再生ボタン」を押したとき、なぜ映像は止まらないのでしょうか。今回は、エンジニアの視点から「ワールドカップの配信が落ちない理由」を、できるだけ分かりやすく深掘りしてみます。


普通のサーバーだったら確実に落ちる

まず、一番シンプルな疑問から始めましょう。なぜ「普通のサーバー」では、ワールドカップの配信に耐えられないのでしょうか。

たとえば、あなたが自分のパソコンで簡単なWebサイトを立ち上げたとします。友達が5人同時にアクセスしても問題ありません。しかし、そのサイトがSNSで拡散されて、突然10万人が同時にアクセスしてきたらどうなるか。ほぼ確実に、サーバーは処理しきれずにダウンします。

ワールドカップの日本代表戦では、日本だけで数百万人、場合によっては1,000万人規模の人が同時に配信にアクセスする可能性があります。これは「SNSで拡散されたWebサイト」の比ではない、桁違いのアクセス量です。普通のサーバー1台では、到底処理できません。

では、どうやってこれだけの同時接続に耐えているのでしょうか。

CDNという「世界中に分散した倉庫」

まず押さえておきたいのが、CDN(コンテンツデリバリーネットワーク)という仕組みです。

普通の動画配信サービスでは、1つの「配信元サーバー(オリジンサーバー)」に全世界からアクセスが集中してしまいます。しかしCDNを使うと、動画データのコピーを世界中の拠点(エッジサーバー)にあらかじめ配置しておき、視聴者からのリクエストに対して「最も近い拠点」から動画を届けることができます。

カタールW杯のネット配信を手がけたABEMAは、CDNサービスを提供するアカマイ・テクノロジーズと組んで、この大規模な同時接続に対応しました。配信元の1か所にアクセスが集中するのではなく、世界中のエッジサーバーから分散して配信することで、1か所あたりの負荷を大幅に下げることができるわけです。

身近な例で言うと、人気商品を1つのお店だけで売るのではなく、全国のコンビニに在庫を置いておくようなイメージです。どこに住んでいても、近くのコンビニで買えるため、特定の店に行列が殺到するという事態を防げます。

「想定外のアクセス急増」にどう対処するか

CDNだけでなく、もう一つ重要な仕組みが「オートスケーリング」です。

ワールドカップの場合、アクセスが集中するタイミングはある程度予測できます。キックオフの時間、ゴールシーンの直後、試合終了後の数分間などです。しかし、日本が劇的な逆転ゴールを決めた瞬間のように、「予測を超えたアクセス急増」が起きることも十分あります。

こうした状況に対応するのが、クラウドの「オートスケーリング」という機能です。これは、アクセス数(サーバーへの負荷)が増えたら自動的にサーバーを増やし、アクセスが落ち着いたら自動的にサーバーを減らす、という仕組みです。

試合前に20台のサーバーで動いていたシステムが、キックオフ直後に200台、ゴールの瞬間に500台と、自動的に増えていく。そして試合が終わって視聴者が減ると、また20台に戻る。これが、クラウドのオートスケーリングです。「必要なときだけ大量のサーバーを用意する」という仕組みは、コスト効率の面でも非常に優れています。

負荷テストという「本番前のリハーサル」

ABEMAがカタールW杯の配信を成功させた裏側として、非常に印象的だったのが「負荷テスト」への取り組みです。

本番の試合が始まる前に、「もし同時接続数が○○万人になったら、システムはどうなるか」というシミュレーションを何度も繰り返し実施したとのことです。段階的に同時接続数を増やしながら負荷をかけ、どこでシステムがボトルネックになるかを特定し、事前に対策を打つ。その過程で、キャッシュ戦略の見直しや、サービス間の連携の調整なども行ったそうです。

さらに、クラウドの各コンポーネント(サーバー、データベース、ネットワークなど)に意図的に障害を起こして「正しく復旧できるか」を確認する「カオスエンジニアリング」と呼ばれる手法も活用されています。「壊れても大丈夫かどうかを、本番前に自分たちで壊して確かめる」という、一見乱暴に聞こえる手法ですが、大規模な本番配信では非常に重要なアプローチです。


「単一障害点をなくす」という考え方

ここまで読んで、「でも、クラウド自体が落ちたらどうなるの?」と思った方もいるかもしれません。実際、AWSのような大手クラウドサービスでも、過去に大規模な障害が発生したことはあります。

そこで重要になるのが「SPOF(単一障害点)をなくす」という設計思想です。SPOFとは「ここが壊れると全部止まる」という箇所のことです。大規模な配信インフラでは、このSPOFが存在しないよう設計することが鉄則です。

ABEMAのカタールW杯配信でも、クラウドの各コンポーネントにSPOFがないかを事前に確認したことが報告されています。たとえば、特定のデータセンターに障害が起きても別のデータセンターに自動的に切り替わる、特定のリージョン(地域)が落ちても別のリージョンで継続できる、といった冗長構成を組んでいます。

監視体制という「24時間の見張り番」

どれだけ入念に準備しても「想定外の事象は発生する」というのが、大規模配信に携わるエンジニアたちの共通認識です。ABEMAのエンジニアもそのように述べています。

そのため、試合期間中は24時間体制でシステムを監視するエンジニアチームが待機しています。何か異常が検知されたら即座に対応できるよう、モニタリングツールを使ってサーバーの状態・アクセス数・エラー率などをリアルタイムで把握し続けます。

「映像が止まった」「画質が下がった」という状況が数秒でも発生すれば、視聴者から大量の問い合わせやSNSへの投稿が殺到します。それを防ぐために、異常を検知してから対処するまでの時間を極限まで短くする体制を整えているわけです。


まとめ:「当たり前に観られる」の裏側にある膨大な準備

ワールドカップの配信を「当たり前に観られる」という体験の裏側には、CDNによる世界規模の分散配信、オートスケーリングによる自動的なサーバー増減、事前の徹底した負荷テスト、SPOFをなくす冗長設計、そして24時間体制の監視という、膨大な技術的準備が積み重なっています。

試合を観ながら「これ、裏側でとんでもないことが起きているんだな」と少し想像してみると、スポーツの楽しみに加えて、テクノロジーへの興味という新しい視点が加わるかもしれません。


よかったらシェアしてね!
  • URLをコピーしました!
  • URLをコピーしました!

コメント

コメントする

目次